妊活と健康

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乳がん宣告から~今、40代女性の体験記Vol.1

40代で乳がんを体験した女性の体験記を綴っていきます。

 

乳がんと宣告された最初の自覚症状から綴っていきます。


初めて自分の身体の異変に気付いたのは、左乳首の痒みでした。

 

でも痛みではなく痒みだったため、あまり気にしていませんでした。

 

40代半ばの季節は年末でした。

 

急遽、仕事をお休みして指定された日の時刻に病院を訪れると、案の定、言い渡されたのは、乳がんでした。

 

自覚症状から乳がんの宣告~今までの体験記です。

 

 乳がんの宣告

 

左乳首のかゆみがあったので、一度診察に行って見ようと思ったところから乳がんとの闘いはやってきました。

 

病院ももうお休みの時でしたので、お正月明けたらけたら受診しようと軽く考えておりました。

 

でも、お正月を過ごし、仕事も新年になり、欝々としたまま仕事を始めました。

 

私の主な業務は給与の計算でしたので、銀行への振り込みが完了するまでは絶対に休めませんでした。

 

やっと給与が一段落ついた土曜日に近所の病院の外科を受診し、簡単なレントゲンのような検査を受けて帰りました。

 

その時点でもまだ、自分が乳がんだとは思っておりませんでした。

 

次回病院に結果を聞きに行く日を待たずして、病院の先生から自宅に電話があった時には、まるで冷水を浴びせられたような気分でした。

 

病院へ行き、そして乳がんの宣告をされました。

 

さらに精密検査をいくつか受けて、癌が長い間かかってできたもので大きさは3cm5mm程度、その大きさと、乳首という位置から全摘は免れないであろうこと、性質としては


おとなしめのものらしい、ということでした。

 

その病院で手術ということも考えたのですが、私の母が岡山県の病院で昔乳癌の手術を受けたことがあったので、セカンドオピニョンとしてその病院の先生にご意見を仰ぎました。


やはり見立ては同じで、私はそのまま岡山県の病院で手術を受けることになりました。


乳がんの手術、そして術後


そこでの入院は3週間に及びました。

 

同じ頃に同じ乳癌の手術を受けられた他の患者さんたちの結果はもっと早くに出て治療法も決まってました。

 

なのに私の場合は先に退院の日が決まり、ぎりぎりその前日の晩に結果の説明を受けました。

 

乳がんなのにみんなと違う?

 

私の癌にはホルモン療法が合っていること、全摘なので放射線治療の必要はないこと、ホルモン療法としては、注射と飲み薬を用いること、でした。

 

私以外の患者さんには、抗癌剤を用いることになった、と肩を落とす方もいました。

 

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でも、ホルモン治療で良かった、と喜んだのも束の間、退院後の私を新たな問題が襲いました。

 

乳がんのホルモン治療での副作用

 

退院して一週間は郷里の実家でリハビリをし、いよいよ東京に戻ってきて日常生活に慣れる準備をしていた頃の事です。

 

顔に痛みを覚えて鏡を見ると、自分の顔が赤黒く、醜く、腫れているではありませんか。

 

まるで暴力を受けてぼこぼこにされた人の顔みたいで、瞼も腫れて、目が塞がりかけていました。

 

以前にも市販の風邪薬で同じようになった経験がありました。

 

もしかしてこれはホルモン剤の副作用?!

 

即座にホルモン薬の服用を中止し、最初に診ていただいた近所の外科を受診しました。

 

もともと薬によるアレルギーがある私なので、こういうことが起きても不思議はありませんでした。

 

病院では外科と皮膚科で診ていただき、ホルモン注射を打ち続けるので、服用まで必要はないだろうとの先制の見解で、ホルモン薬服用は免除されました。

 

でも、その薬疹が治るまでには1週間ほどかかり、やむなく私は仕事に行き始めましたが、健康であることの重要性と有り難さをしみじみ感じました。

 

今まで自分の顔の造作のどこが嫌だとか、もっと綺麗になりたいとか思っていました。

 

でも今は健康でありさえすれば、その人はその人なりの一番美しい状態でいられるんだ、と悟りました。

 

もう4月で、桜の花が散りかけていましたが、其の年に見た桜は今までになく美しく思えました。


手術後も癌患者は癌患者


癌の場合、盲腸や風邪とは違い、手術して取り去ったからといって無罪放免されるものではありません。

 

一度癌になったということは、癌体質なのかもしれません。

 

免疫力が弱いのかもしれません。

 

癌になる前より健康に留意するようになり、ストレスを貯めないように、適度な運動をするため、土日はウォーキングを実行しました。

 

もともとお酒は殆どのまず、煙草は一切やりませんが、私の嫌煙の傾向はますます強くなりました。

 

ただでさえ癌になり易いのに、これ以上肺癌とかになってたまるか!という思いでした。

 

毎月注射のために病院に行きます。

 

その都度触診もし、血液検査の際には腫瘍マーカーの数値も知ることができました。

 

その点では癌を見張っているようで安心できました。

 

私が小学生の頃、ご近所の誰々さんが癌で大学病院で手術を受け、その後亡くなった、という親たちの噂話を聞いて育った私にとって、「癌」はとても恐ろしい不治の病でした。

 

癌」=「死」のイメージが強いのは無理もないことでしょう。

 

でも、私は今の時代でより良い医療を受けることができ、癌に対する考え方も変わってきているかと思います。

 

癌になっても、治療と気の持ちようで健康な人とあまり変わらない暮らしができる・・・私はそう信じています。

 

乳がん宣告から~今、40代女性の体験記Vol.2へ続く・・・